« 連絡5 | トップページ | 遺伝子 »

2010年12月27日 (月)

M-1への思いをぶちまけてみたら、こうなった。みたいな記事。

M-1が終わりました。
そこで、10年間欠かす事なくすべてリアルタイムで観て来た
自分なりの自己満足丸出しの感想を述べます。
これは感想文です(笑)
だからバリバリ主観で書きますから、
「ふ~ん。」ぐらいに思って見て下さいよ、ほんと(笑)
長いので、長文や他人の持論を聞くのが嫌な人は、
ここで読むのをやめて、ヤホーへ飛んで下さい(笑)

 
そもそもM-1は、
「その年、その日、その時、一番面白い漫才師を決める大会」
というコンセプトです。
それが世間的にも大きな影響を及ぼす大会に成長した結果、
M-1は大会として違う役目を担うようになった。
それが「スターの輩出」という役目です。
M-1特需という言葉が生まれたように、
「王者となったコンビには将来が約束される。」
というような風潮ができあがり、
それは事実、優勝したコンビは翌年からメディア露出が格段に増え、
長くテレビで活躍するようになりました。
(それは各コンビのそもそもの才能と努力による部分も大きいですが。)
 
M-1の「スターの輩出」という側面が最初に表れたのが、
それこそ2002年の笑い飯の決勝初出場です。
この笑い飯の登場こそが、

その後のM-1の在り方を決めた決定的なポイントだったと思うのです。
笑い飯は初出場で会場の笑いをかっさらい、衝撃を与えました。
しかしこの年の優勝はますだおかだが手にした。
これが、すべての始まりだったように思います。
笑い飯はその後、毎年決勝に出場して優勝を期待されるも、
毎年別のコンビに優勝を譲る形になっていきます。
 
しかし、毎年の優勝コンビは、
少なくとも僕の中で2004年~2007年は
順当な結果、つまり審査と一般層の思いが
概ね合致した結果になっていたと思います。
特に2006年のチュートリアルはその最たるもので、
会場やテレビの前の湧き方が審査ともシンクロして、
完全優勝という結果に結びついたのだと思います。
実際にこの年のチュートリアルは神懸かっていましたし、
それに2005年のブラックマヨネーズも、
関西では知られていても全国区ではなかった彼らが、
その日に一番の笑いをかっさらって王者になったドラマティックな年でした。
 
また、2004年のアンタッチャブルと2007年のサンドウィッチマンは、
M-1の「スターの輩出」という側面を大きく反映した王者だったように思います。
実際はアンタッチャブルは2004年大会時点では優勝候補の筆頭でしたし、
2003年の敗者復活の時が最もドラマティックでしたが、
サンドウィッチマンはその流れをより顕著にドラマティックに
1日で現実化した王者だったのではないでしょうか。
 
僕としてはこの時点で、
M-1という大会で優勝するためには、
漫才の技術、面白さ、オリジナリティという三点の評価ポイントだけでなく、
優勝する事がそのコンビにとってドラマティックかどうか?
というポイントが、大きく審査に関わる風潮が出来上がってしまったのではないかと見ています。
 
だからこそ、笑い飯はずっと優勝できなかった、のだと思います。
これは僕が「思いたい」だけによる見方かもしれませんが、
2009年の笑い飯のいわゆる「自爆」も加味して、
笑い飯が優勝するためのドラマは今年にこそ出来上がったのだと思います。
(2009年の自爆、チンポジネタのチョイスは、
 個人的には笑い飯らしい選択だったと思ってます。贔屓目かもしれませんが。)

個人的に笑い飯をずーっと応援してきました。
だから優勝して欲しかったし、優勝した時は本当に嬉しかった。
でも、だからこそ今自分の中に、M-1への複雑な思いが残っている。
 
M-1がドラマでなければならないのなら、
それは最早「大会」ではないわけです。

 
「M-1は今年がラストイヤーだ。」
「笑い飯も今年ラストイヤーだ。」
「笑い飯には実力もあって面白くて、歴史もあってドラマもある。」
「苦悩してきた笑い飯に最後何か取らせてやりたい。」

 
この一連の人情がすべての人ではないにしても、
審査に携わる誰かの心の中に出来てしまった時点で、
M-1の「その年、その日、その時、一番面白い漫才師を決める大会」としての側面は、
既に破綻していたわけです。
このコンセプトが2001年から忠実に守られていたなら、
今年の優勝はスリムクラブだったはずです。
確実に決勝3組の最後のネタで、一番面白くて空気を創りあげたのはスリムクラブだった。
笑いを期待して決勝ネタを観たのは、スリムクラブとパンクブーブーでした。
笑い飯はどういう気持ちで観ていたか?
それは笑いへの期待よりも、ネタのチョイスがどうかという点と、
そのネタを問題なくやり切ってくれるかどうか、そういう気持ちが僕の中に出来てしまっていた。
それはきっと僕だけでなくて、審査員の中にもそう思った人が必ずいたはずです。
実際に笑い飯のネタは完成度も高く、面白くてオリジナリティの塊だった。
けれど、スリムクラブはそれをすべて上回る笑いの量とオリジナリティで空間支配をしていた。
だけど、優勝したのは笑い飯でした。
 
 
僕の目には、今年の王者・笑い飯が2002年のますだおかだの姿と重なり、
スリムクラブが2002年の笑い飯の姿と重なりました。
 
 
そういう事なんです。伝わるでしょうか?
だから、今年でM-1は終りなのです。
いや、こういう結果だから、こういうドラマだったから今年でM-1は終わっていいのです。
 
 
 
これはあくまで僕が勝手に思いこんで、
勝手に延べた、夜中に書いたラブレターのような自分勝手な手記です。
お笑いが大好きで、観る側としてM-1へ勝手に並々ならぬ思いを注いで、
そして心に感じた事です。
だから、僕みたいな人が他にもいたとしたら、
その人にはその人なりの思いがあって、その人なりの評価もあると思います。
そういう事なんです。
全ての人が面白いと思う事が全てなのではなく、
○が面白いと思う人もいれば、□が面白いと思う人もいる中で、
誰だって、瞬間的に誰かに期待したり驚いたりして、
一瞬で燃え上がる感情に全てを奪われてしまう事が素敵に感じてしまったりするんです。
M-1はそれが「お笑い」というカテゴリーで為された、
稀有な事例なのだと思います。

だから、この10年間の年末は本当に楽しかった。
毎年ワクワクできたのはM-1があったからです。
だから来年はこれがもうないのかと思うとすごく寂しい。
 
最後に、こういう大会がまた別の形で行われる時が来る事を願って、
このダラダラと長い文章を終りにしたいと思います。
 
 
これ、俺が学生だったら卒論とかにすればよかったな、ほんと(笑)

いや~、飯食う時間無くなっちゃったぜ、おい。

|

« 連絡5 | トップページ | 遺伝子 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 連絡5 | トップページ | 遺伝子 »